11月30日(土) | サッカー | 数十年ぶりでサッカー観戦をしてきました。 Jリーグが発足して20年だそうだが、「見に行こう!見に行きたい!」と思いつつ今までつい延び延びになっていました。 昨年もチケットを購入したまでは良かったが、前日に急用が入ってしまい結局チケットはパー! 残念ながら行けず仕舞いで悔しい思いをしました。 小生のひいきチームは、当然茨城県の鹿島アントラーズ。 しかし、鹿島のスタジアムは不便なところにあり、我が家からは車で約2時間かかる。 そこで、観戦するとすれば自宅から最も近い柏市にある日立スタジアムとなってしまう。 日立スタジアムのホームチームは柏レイソルズだが、隣町のよしみでアントラーズの次に柏レイソルを応援している。 ご存じのようにJリーグはホーム&アウエー方式で試合をするので、ホームグランドで行うゲームは月に1〜2試合あるかないかなのでチケットはすぐ売り切れてしまう。 今年も「行かなくっちゃ!切符を買わなくっちゃ!」と思いつつ、開幕時期の3月、4月はまだ寒そう! 5月は行楽だ!、6月は雨模様の天気が気にかかる! そのうちアユ釣りが忙しかったりしてついつい行きそびれてしまった。 11月になってハゼ釣りも終わり、ネットでJリーグ関連記事を見ていたら、柏のホームゲームチケットがまだ売れ残っている。 FC東京とのゲームである。 一般の席は当然売り切れなるも、熱血サポーターが入る、その名も「柏熱地帯ホーム自由席」がまだある。 テレビなどに写る、若いサポーターたちが歌いながら、飛び跳ねながら応援する例のアノ席である。 静かに観戦したいものだが、こうなったら仕方がない。 早速この席を購入。 価格は2、300円プラス手数料などで2,600円とのこと。 どんな席か心配になってスタジアムに確認したところ、 「相手チームのユニホームやグッズは持ち込み禁止。 なるべくレイソルズのユニホームか黄色いタオルや黄色い物を身に付けていればトラブルになる心配はない」とのこと。 しかも「2階席は椅子もあるが、試合が始まってしまうとみんな立ち上がって応援するので座ったまでは見れませんヨ!」っとのたまう。 立ち見はともかく、黄色いTシャツなどは持っていないし、普通の黄色いタオルじゃ様にならない、かと言ってユニホームを買うほど若くもなく熱心でもない。 仕方が無いので、真っ黄色の安物のパーカーを調達し出かけた。 5時キックオフなので、4時前に入れば十分と思ってスタジアムに入ったが、既に8割がたは席が埋まっている。 熱血サポーターにもみくちゃにされてはかなわないので2階の最上段の席を確保。 隣は中年のおじさん。 前の席は若いお姉さんの二人組と小学生を連れた家族連れ。 これならあまり騒がしくないだろうと一安心。 ところが、練習開始とともに選手がグランドに出てくるや否や皆さん総立ちで応援歌を歌いながら応援が始まった。 座ったままで見渡せるのはアウエー側で練習しているFC東京の選手のみ。 そして試合開始。 キックOFFの笛と共に飛び跳ねながら応援歌えお歌いだす。 前のお姉さんと家族連れも体を揺すりながら歌ってる。 いつのまにか隣のおじさんも盛んに声を出して応援しだした。 応援歌もわからない小生は、戸惑いながらも立ったまま腕組みして観戦していたが、応援するリズムが妙にしっくりと小生の心に響きだした。 すると今までうるさかった応援歌が気にならなくなり、いつの間にか「右だ!右だ! 打て〜!」っと叫んでいる自分がいた。(笑) やはり、TV観戦より迫力がある。 選手のキックする音、スパイクが芝とスリップ音などが聞こえてくるような気がしてきた。 そして、何より選手達の全体の動きがよく見える。 パスする先やタイミングが予測どおりだと気持ちがいい。 思えば若い時分には、「国際試合があると必ず国立競技場に行ったっけ!」 「Jリーグの前身の実業団のリーグ戦にもよく行ったっけ!」 「杉山や釜本、小城、宮本などの姿を思い出す!」 などと思っていたら、レイソルが攻め込んだFC東京エリアで相手DFがハンドリングの反則。 一気に応援が盛り上がり、田中順也がPKを決め1点リードした。 その後、またしてもFC東京がペナルティエリアで反則。 これも田中順也が決め2点リード。 後半には相手キーパの単純クリアミスをすかさず工藤が決め3−0となる。 その後、FC東京の石川が1点返し3−1. そして終了間際に田中順也の鮮やかなボレーシュートで4点目のトドメで試合終了。 田中はハットトリックである。 数十年ぶりのサッカー生観戦は若いころの自分を思い出させてくれた。 「なんで今まで億劫半分でスタジアムに来なかったのだろう」と思いながら帰路に着いた。 来年も必ず生を観よう! 鹿島にも足を延ばしてみたい! 楽しい一日だった。 |
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7月8日(日) |
郡上八幡 | 釣友のM氏、S氏と一緒に、長良川方面にアユ釣り遠征を行いました。 9日、10日に長良川のアユ釣りを楽しみ、その前後は以前から一度訪ねてみたかった郡上八幡や飛騨高山の見物をすることとしました。 両氏とは9日早朝現地集合とし、小生は前日の8日(日)6時に自宅を出発。 柏ICから常磐道に乗り、池袋経由で中央道へ。 大月JTC経由で土岐JTCで東海環状自動車道、そして美濃関JCTから東海北陸自動車道に乗り郡上八幡へ。 到着は約6時間半後の12時半過ぎ。 延々435kmを休み休みしながらゆっくりと南下しました。 駐車場に車を入れ、早速地図を片手に郡上の街へ・・・・・ 先ずは腹ごしらえ。 先ず眼に入ったのは手打ち蕎麦の看板。 郡上の蕎麦を堪能とばかり店に入るも、先客が行列。 仕方なく、隣の手打ちうどん屋へ。 おろしうどんを注文したが、コシがあり、なかなかの味に満足。 腹ごしらえが済み、イザ郡上の古い街並み散策へ。 ブラブラ歩いていくと長良川に出た。 橋の上から見ると、数人のアユ釣り師がやっている。 暫らく見ていたが掛からる様子がない。 右岸側の釣り人が暇そうに座り込んでいる。 様子を見にその釣り人のところへ下りていった。 様子を聞くと、先月の解禁時には50〜100匹の釣果だったが今は全然ダメとのこと。 今回、関東からの遠征と伝えるとしきりに気の毒がっていた。 釣果を見せてもらうと20cm級の幅広のアユ3匹を持っていた。 折角の長良川アユも期待できないか!とガッカリしながらも、明日からのポイントを聞きだす。 郡上は水の街ともいわれているとおり、街なかを用水が流れ、鯉などが泳いでいる。そして、有名なのが郡上おどり。 残念ながら、踊りが始まるのは来週からだが、その雰囲気を「郡上八幡博覧館」で味わえるという。 早速入ると町の歴史や吉田川の伝説職漁師”吉田の万サー”の話が紹介されてる。 憧れの”万サー翁”に触れたような気がして感激しつつ隣の展示へ。 ここでは、郡上竿や郡上ビクと共に長良川、吉田川のアマゴやアユ釣りの様子が紹介されていた。 吉田側のアマゴ釣りは一度はやってみたいと思っていたので”やはり郡上に来て良かった” と思わず心の中で叫んでいた。 その後、郡上踊りのさわり部分を見せてもらいマー満足満足・・・・ 日曜日とあって、郡上の古い街なかには外国人交じりの多くの観光客が溢れかえっていた。 早々に見物を切り上げ、吉田川沿いの今夜の宿へチェックイン。 吉田川の天然アユが500円で食べられるとのことなので追加注文した。 今日の長良川の様子では、天然アユの持ち帰りが出来ない可能性があるのでこれを逃してはならぬ! 所々で岩を食み、白い飛沫を飛び散らせ流れ下る、憧れの吉田川を見ながら生ビールとともに食した天然アユは、掛け針跡が残る絶品だった。 海・川の魚と山菜などで満腹したところで、夜8時には暴睡モードに突入した。 |
![]() 夏休み、子供達が度胸試しで 飛び込む新橋 ![]() 人力車が行く八幡市街 ![]() 郡上おどりの像 ![]() 底が尖ってる郡上ビク |
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7月11日(水) |
飛騨高山 | 郡上八幡でのアユつりの翌日、吉田川上流の川上川で渓流釣りを楽しみ、飛騨高山の街に入った。 天領飛騨高山は、白川郷の合掌作りを見に行ったときにバスで通った記憶があるが、実際の街を散策する機会はなかった。 今回のアユ遠征では、郡上の街と高山の街を散策することも目的にあった。 渓流釣りを昼過ぎに切り上げ、高山の街に入ったのは午後3時頃であった。 先ずは市営駐車場に車を預け向かった先は「飛騨高山まちの博物館」。 ここで高山の歴史や暮らしなどの展示物を見る。 次に向かったのは、古い民家が立ち並ぶ通り。 古民具や古着などの古い街を印象付けるような店がやたら多い。 暫らく辺りを散策するが、日本人観光客に混じったフィリピン人や韓国人観光客が大声で話しているのが目に付く。 郡上もそうであったが、外人抜きでの日本の観光地は存在しなくなってきたのか?・・・・・・ 更に街中を歩いていくと、”古い街並みの通り”の案内板があった。 路地に入ってみると、そこは江戸時代にタイムスリップしたような街。 江戸末期頃に建てられたような屋敷が軒を連ねる古い街並みだった。 なんでも景観を維持するために電線をすべて軒下配線にするなど、徹底した保護を続けているとか。 通りの左右には、地酒や朴葉味噌など、飛騨高山ならではの名産品を扱う店がずらりと並んでいる。 昔ながらの民家に手を入れ、商店風に改造しているのだろうか?・・・ 路地の側溝に清らかな水が流れ、印象に残る古い街であった。 釣りの疲れもあり小一時間で高山の街を後にして、向かった先は平湯温泉。 奥飛騨温泉郷の中にあり、温泉の歴史は室町時代にまで遡るとか。 飛騨高山の街から小一時間で宿に到着。 今夜の宿は、部屋で夕食が食べられる日本旅館。 温泉にゆったり浸かり、鮎の塩焼きや飛騨牛などの料理で一杯やって、本日も暴睡!! 翌日は松本まで野麦街道(R158)を走り、松本から長野自動車道、上信越道、関越道、東京外環道、常磐道と乗り継ぎ、約5時間かけて無事到着した。 ネットで知り合ったメンバー同士の釣行であったが楽しい旅だった。 |
![]() 飛騨高山の古い街並み ![]() 民家の前に置かれた季節花 |
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11月8日(木) 9日(金) |
古城と紅葉 | 今年も紅葉シーズンがやって来ました。 例年この時期は日光へ出かけますが、今年は趣きを変え、古城と紅葉の組み合わせを考えました。 ネットで調べると、手軽に行けて条件にピッタリな信州がお勧めとのこと。 先ずは柏から高速道路に乗り、常磐道、関越道を経て長野道に入り一っ走り。 ゆっくり走って約3時間で小諸ICに到着。 とりあえず最初の目的地の懐古園に入りました。 ここは島崎藤村の「小諸なる古城のほとり・・・・・」で知られる小諸城跡だ。 平安時代から築かれた古城で、後に武田信玄が治め黒田勘平などが活躍したことでも有名なお城だった。 しかし、明治の廃城令により廃城になり、懐古園として市民に開放されたものだそうだ。 本丸や二の丸などの跡に沢山のモミジやイチョウなどが植えられおり、今が丁度見ごろであった。 赤や黄色が鮮やかな遊歩道を小一時間散策をして晩秋の信州を十分楽むことができました。 駐車場に戻ると傍らのそば屋に新蕎麦の旗がはためいている。 信州の新蕎麦は旨かった。 午後1時過ぎに店を出て、次に向かったのは2kmほど離れたところにある ”布引観音”。 ”牛に引かれて善光寺”の伝説を持つ古寺だが、山道を20分ほどよじ登った奥にあるとのこと。 先月栃木市大平山の千段の階段を踏破した実績があるので、軽い気持ちで分け入った。 しかし、登り口を見てすぐに怖気付いた。 何しろ急な階段が延々と山の斜面に沿って続いている。 登ってみたい気持ちはやまやなれど自信がない。 そこで翌日の行程だった別所温泉にある3つのお寺に行先変更。 ホテルに車を置き、ここで貰った地図を片手に”北向観音”に向かった。 南向きの善光寺に向き合って北向に建っているので、「北向観音」と呼ばれ、善光寺が「未来往生来世の利益」に対し、このお寺は「現世の利益」にご利益があることから、「片方だけでは片参り」と言われているとか。 境内には鎌倉時代のお堂や建物があり、平日だったが参拝客は多かった。 次に向かったのは禅宗の安楽寺。 静かな山の中に茅ぶき屋根の本堂が美しかった。 もちろん今の時期は境内のモミジが綺麗に色づいて、国宝の「八角三重塔」に映えて一幅の絵のようであった。 次に向かった常楽寺は、寄棟、茅ぶき、唐破風向拝付き本堂がある天台宗のお寺で、ここも見事な本堂に見事なモミジの赤が鮮やかだった。 小1時間の古寺めぐりを終え、早めにホテルにチェックイン。 源泉掛け流しの温泉で温まり、松茸づくしコースの夕食を味わった。 翌日は、上田城跡の紅葉を堪能。 真田氏が築いた上田城は懐古園の数倍の広さであり、広い城址にはモミジとイチョウの大木が延々と並び、それらが一斉に色付きお堀の水に映えていた。 ここの紅葉は懐古園より数段美しいと感じました。 その後、上田の古い町並みや真田氏歴史館を見て、昼前に上田を離れたが、このまま帰るにはちょっと早すぎる。 かねてから行きたかった世界遺産の富岡製糸場に向かうことにした。 富岡ICで降り先ずは腹ごしらえ。 上田で蕎麦を食べはぐったのでチョット心残りだったが、十割蕎麦の看板が目に入ったので迷わず入ってしまった。 店はカウンターの他にこじんまりした座敷2つの小粋な作りの店。 当然十割蕎麦を注文したが、細切りの腰がつよい新蕎麦の味は絶品だった。 蕎麦よりうどん派の家内も珍しく”美味しい”を連発して、下手な二八蕎麦しか打てない小生は肩身が狭い。 製糸工場では、ボランティアの現地ガイドさんの説明で広い敷地内の建物や工場設備などを見て回ったが、明治初期の人たちの国づくりに掛ける情熱と力強さが伝わってきました。 付録の世界遺産(候補)まで見た欲張りもみじ狩りだったが晩秋の信濃路は趣きたっぷりでした。 |
![]() 懐古園の紅葉 ![]() 安楽寺の三重塔(国宝) ![]() 上田城跡のモミジ ![]() 上田城のお堀に映える紅葉 |
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